スリランカ渡航 アーユルヴェーダ視察 5

朝ヨガから、いつもどおりの1日の始まり

この頃にはもう

朝5時の起床が、当たり前になってきてました。

普段の自分からは、考えられない。

でも、こういう感覚の変化って

気合いでも根性でもなく、場が自然とそうさせるんですねぇ。

今日の治療のメインは、シロダーラ

アーユルヴェーダを代表する施術

こちらも、今回の旅の目的のひとつ。

温かいオイルを、額の一点にずーっと垂らし続けるという

なんとも不思議なトリートメント

額、つまり「第三の目」と呼ばれる場所に

とろとろとオイルが落ちてくる感覚は

脳がほぐれていくような感じ

じんわり、気がついたら思考がどこか遠くへ流れていって

瞑想に近い状態という感じでしょうか?

剣山で体感した、デフォルトモードネットワークにも似たような。

本当の意味で、“頭を洗う”ということ。

美容室では、

毎日のように人の髪を洗っています。

だけど、今回のシロダーラで気づいたのは

僕が思っていた“シャンプー”は

まだ表面だけのことだったのかもしれないなぁと。

スリランカで体験したアーユルヴェーダの施術は

「髪の汚れを落とす」というよりも

“頭にこびりついた思考”を、ゆっくりほどいていくような時間でした。

たとえば

・あれこれ考えすぎて、パンパンになった頭
・なぜか眠れない夜のモヤモヤ
・やらなきゃいけないことでいっぱいの脳みそ

そういう見えない疲れを、あたたかなお湯とオイルの流れで

静かにゆるめて、手放していく。

終わったあとには、髪だけじゃなく

「考えすぎて重たかった頭」そのものが、ふっと軽くなっている。

そういう感覚は

わかっていたようで、なかなか気づけなかったものでした。

髪を洗う、という行為に、こころをほどく要素を。

「汚れを落とす」だけじゃなく

“脳みその奥でこわばっていた何か”が静かにゆるむような時間を意識してみるのもありかなぁと。

・何かを与えるのではなく、自然とほどけていく
・頑張って整えるのではなく、気づけば戻っている
・言葉すらいらない静けさの中で、ふっと眠ってしまうような

そんな時間の中で

“本当の意味で、頭を洗う”こと

が、心と髪に届いていったらいいなと思いました。


施術が終わると、ドクターより

「今日は、太陽の光や風に当たらないようにしてくださいね」

「できれば、読書やスマホも控えて」

「お風呂も入らない出ください」と。

つまり、「何もするな」ということらしい。笑

でも、言っていいですか。

ちょうど体調も慣れてきてて

正直めちゃくちゃ暇でした。

読書もだめ、散歩もだめ

風に当たるのもだめ

残された選択肢は、寝る。

で、寝ようとしたけど中途半端に目が冴えてしまい

結局、部屋でこのブログを書いてました。笑

とはいえ

マジで全く“何もしていない一日”って

現代に生きる僕たちには案外難しい。

でも、それこそがアーユルヴェーダの核心なのかもしれません。

「動きすぎず、刺激を入れすぎず、整えていく」

言葉にすると簡単だけど、やってみると奥深い

今日のこの暇すぎる時間こそ

なにかのデトックスだったのかもしれません。

ちなみに、夕食後にはちゃっかりハーブティーをおかわりしました。