こんにちは、モイヘアサロン松枝です。
ヘアドネーションというテーマで
少し書いてみたいと思います。

髪を伸ばして、誰かの役に立てるようにと寄付する
この活動を知ったとき
「そんな方法もあるんだ」と
心が温まった方も多いと思います。
最近では、僕のお店でも
小学生の子達の中から
「ヘアドネーションするから伸ばす!」
なんて声を聞くこともあります。
実際にヘアドネーションをしようと決意して、何年も伸ばし続けた髪。
それをハサミで切らせてもらう瞬間は
とても特別な時間です。
今回も、そんな静かな決意に立ち会わせていただきました。

「ただ髪を切る」以上のこと
「寄付のためのカットなんです」
そう言って、皆さん席に座られます。
髪を伸ばす理由にはいろんな背景があります。
誰かのため
自分の中の区切りのため
皆さん
髪と一緒に抱えている思いがあります。
そう考えると、ヘアドネーションの現場は
ただのビフォーアフターではなく
「祈り」や「願い」にも近いものを感じるときがあります。
ヘアドネーションに限らず
サロンでは、ちょっとした雑談の中に
思いもよらない“今のその人らしさ”が見えてくることもあります。

そもそも、なぜ「髪を切る」がこんなに特別になるのか?
これは美容師としての素朴な疑問でもあります。
一般的には、髪型を変えるって「イメチェン」とか「気分転換」とか。
ヘアドネーションのように
「人のため」
「節目として」
「自分に向き合うため」という動機が重なることで
より髪を切ることが
一種の“通過儀礼”に近いものに感じることがあります。
ちょっと不思議な言い方ですが
切った髪がなくなることで
これまで身にまとっていた何かが「ほどけて」いくような感覚になる人もいます。
そうやって、いままでの時間をひとつ受け取り
次のステージへ進む
これは本当に、目に見えない変化なんですが
確かにそこにあるものです。
“心の風通し”にもつながっていたらいいなと思います。
でも、切ったからってすぐ変われるわけじゃない。
「髪を切ると人生変わる!」なんてフレーズもありますが
髪を切った瞬間から、何かが激変することって
実はそんなに多くないんですよね。
むしろ
「切ったけど、ちょっと落ち着かない」
と感じる方もいます。
変化には、余白と時間が必要なのかもしれません。
引っ越しや大掃除のように
切った髪の先にある“新しい自分”も
じんわりと立ち上がってくるものです。
「髪を切ること=終わり」ではなく
「髪を切ること=始まり」なんだなと、改めて考えさせられました。

髪を切ることも、暮らしを整えることも
人生の問いに向き合うことも
同じ線上にあるのかもしれません。
僕自身も40代が見えてきて、少しずつ感じることがあります。
これまでは「自分を形にする時間」を過ごしてきたような気がします。
スキルを磨き、コツコツ実績を積み重ねて
いわゆる「ちゃんとした人間」
になろうとしてきた気がします。
でも最近は
「成功したい」よりも「ちゃんと味わいたい」と思うようになってきました。
誰かに褒められるような選択もいいけど
自分の心にしっくりくるものを選びたい。
植え付けられた価値観より
「自分がどうしたいか?」が気になるようになってきました。
“自分”という存在を深く見つめ直してるような
正直、まだ手探りです。
でも、こうして髪を切る仕事をしながら
人の変化に立ち会い
自分の変化にも気づいていいく
そんな日々の中にこそ、ヒントがある気がして
美容師は相変わらず面白いです。